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国学・蘭学

江戸中期以降、古典を研究し日本古来の精神を究明しようとする国学が発達した。また、幕藩体制が動揺するなか、新しい理論を説く思想家が現れた。経世論では、熊沢蕃山が『大学或問』を著して武士帰農論や参勤交代批判を展開。本多利明は『経世秘策』などを著し、外国との交易や島々の開発による富国策を提案。佐藤信淵は『経済要録』などで、絶対主義的な統一国家の形成と積極的な海外進出論を主張。農業論では、大蔵永常が『交易国産考』などで農家の利益と国益を論じる。尊王論では、蒲生君平が先駆となる『山陵志』を著す。海防・開国論では、工藤平助が『赤蝦夷風説考』を著し蝦夷地の開発を提唱。林子平は『海国兵談』で海防論を展開した。渡辺崋山や高野長英は蛮社の獄の起因となった。
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蘭学を基礎に、幕末にかけて自然科学を中心とした洋学が発達した。しかし、幕府の規制により実学の分野に留まった。洋学者の系譜は青木昆陽とツンベルクを始まりとするものであり、のちに語学・医学・物理学・天文学の分野で大いに発展した。

明治維新と文明開化の近代思想は福澤諭吉『学問のすゝめ』、中村正直『西国立志論』、中江兆民『民約訳解』、森有礼『明六社』などによって普及し、教育制度の確立が行われた。国民教育の普及は近代国家の形成に大きな役割をはたしたが教育政策は自由主義的傾向から中央集権的・国家主義的傾向へと方向を変えた。 1873年(明治6年)には学制による大学区分が決められ、大学が発祥した。また、義務教育が法文化され女子教育が普及した。

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2009年09月27日 01:52に投稿されたエントリーのページです。

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