2009年10月04日

省エネルギー

省エネルギー(しょうエネルギー)とは、同じ社会的・経済的効果をより少ないエネルギーで得られる様にすることである。略して省エネと言われることも多い。

日本では、オイルショックのときにエネルギーの安全保障の面から始められた。1990年代からの地球環境問題、特に温室効果ガスの削減の為にも重要なものとなっている。

経済・産業活動や市民生活に大きな影響を与えずに行う為には、技術開発や各業界の強力な自主的取組・市民の協力が必要である。補助金に加え、ESCO事業などのイニシャルコストに対する経済的な導入後押し政策も有効である。
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なお2007年現在は原油価格高騰による光熱費値上げの影響か省エネムードが高まっており、ついには企業向けの省エネビジネスも登場している。
運用改善
日本では、冷房よりも暖房・給湯の省エネ努力が重要となっている。これは冷房機器に比べ暖房・給湯設備に対するヒートポンプ技術を用いた機器の普及割合が低いことが大きな原因である。その結果、冷房の温度よりも、シャワーの温度設定やお湯の使い方の改善の方が、省エネ効果が高くなっている。

2009年09月27日

国学・蘭学

江戸中期以降、古典を研究し日本古来の精神を究明しようとする国学が発達した。また、幕藩体制が動揺するなか、新しい理論を説く思想家が現れた。経世論では、熊沢蕃山が『大学或問』を著して武士帰農論や参勤交代批判を展開。本多利明は『経世秘策』などを著し、外国との交易や島々の開発による富国策を提案。佐藤信淵は『経済要録』などで、絶対主義的な統一国家の形成と積極的な海外進出論を主張。農業論では、大蔵永常が『交易国産考』などで農家の利益と国益を論じる。尊王論では、蒲生君平が先駆となる『山陵志』を著す。海防・開国論では、工藤平助が『赤蝦夷風説考』を著し蝦夷地の開発を提唱。林子平は『海国兵談』で海防論を展開した。渡辺崋山や高野長英は蛮社の獄の起因となった。
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蘭学を基礎に、幕末にかけて自然科学を中心とした洋学が発達した。しかし、幕府の規制により実学の分野に留まった。洋学者の系譜は青木昆陽とツンベルクを始まりとするものであり、のちに語学・医学・物理学・天文学の分野で大いに発展した。

明治維新と文明開化の近代思想は福澤諭吉『学問のすゝめ』、中村正直『西国立志論』、中江兆民『民約訳解』、森有礼『明六社』などによって普及し、教育制度の確立が行われた。国民教育の普及は近代国家の形成に大きな役割をはたしたが教育政策は自由主義的傾向から中央集権的・国家主義的傾向へと方向を変えた。 1873年(明治6年)には学制による大学区分が決められ、大学が発祥した。また、義務教育が法文化され女子教育が普及した。

2009年09月17日

憲法の法源

法源論とは、法というものがどこから生じるか(法の渕源)、別言すれば「裁判官が裁判をするに当たって拠るべき準則」「権威的規準として裁判官を拘束する規範の存在形式」「裁判の権威的な正当化事由として用いられる規範の存在形式」いう意味である。法文化や時代の違いによって、法源は変わる。日本人は法源というとすぐに成文法、特に国家の制定法を思い浮かべるが、これは、日本が近代的な大陸法の法文化を享受しているからである。しかし、英米法系諸国においては、いまだに判例が主たる法源であると考えられているのである。また、歴史上は日本においても慣習法が主な位置を占め、成文法は補助的役割であった。鎌倉時代に成立した貞永式目(御成敗式目)はその例であって、武士社会の慣習法や先例を成文化したものである。
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日本国の憲法の成文法源は、第一に憲法典(日本国憲法という文書)である。しかし、実質的な意味の憲法の箇所で述べたとおり、憲法法源は憲法典に尽きるわけではない。皇室典範、皇室経済法、国事行為の臨時代行に関する法律、国会法、公職選挙法、政治資金規正法、政党助成法、内閣法、国家行政組織法、裁判所法、最高裁判所裁判官国民審査法、裁判官弾劾法、裁判官分限法、地方自治法、国旗国歌法、元号法、国民の祝日に関する法律、などの法律も憲法法源である。衆議院規則、参議院規則、最高裁判所規則などの自律的規範も憲法法源となる。また、日本国の領土を画定する国際条約(樺太・千島交換条約や日本国との平和条約)も、憲法法源となる。

なお、皇室典範は、明治憲法体制においては、大日本帝国憲法と同位の法源であると考えられていたが、現在では法律と同位と考えられている。

2009年09月03日

う蝕

う蝕(うしょく)とは、口腔内の細菌が糖質から作った酸によって、歯質が脱灰されて起こる、歯の実質欠損のことである。歯周病と並び、歯科の二大疾患の一つである。う蝕された歯は、う歯(一般的には虫歯)と呼ぶ。

虫歯は風邪と並び、どの世代でも抱える一般的な病気である。特に歯の萌出後の数年は石灰化度が低いため虫歯になりやすく、未成年に多く見られる。
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口腔内には多くの細菌が存在し、これを口腔常在菌という。この中には多くの原因菌が存在するが、う蝕を引き起こす最も重要な菌はストレプトコッカス・ミュータンスであるが、細菌の量や種類によりう蝕の進行速度が変わる 。

う蝕原性菌、食物残渣、唾液は結合し、歯垢(プラーク)となって歯に結合する。歯垢の付着は、臼歯の咬合面の溝や、全ての歯の歯肉縁、歯科修復材料と歯の境において最も顕著である。

う蝕原性菌は、食品の特に糖質から乳酸などの酸を産生する。歯垢の中に酸が大量に産生されると、口腔内のpH(水素イオン指数)が酸性に傾き、歯の表面のエナメル質を溶かしはじめる。これを脱灰と言う。唾液の作用によって数十分すると、今度はアルカリ性に戻り溶けた歯が補修される。これを再石灰化と呼ぶ。

2009年08月19日

電気通信役務

電気通信役務(でんきつうしんえきむ)とは、電気通信を利用して提供されるサービスである。

2004年4月1日の電気通信事業法の改正により事後規制となり利用者保護のため、18条第3項で事業の休廃止に係る利用者への重要事項の周知を行うことになっている。また、国民の日常生活に係るものとして総務省令で定める電気通信役務の提供に関する契約の締結又はその媒介、取次ぎ若しくは代理をしようとするときは、26条により消費者への契約前のわかりやすい情報提供・27条により苦情受付窓口の設置の義務が定められている。

説明事項は、契約後のトラブル防止の観点から施行規則第22条の2の2第3項で次のように定められている。
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電気通信事業者の名称(契約代理店の場合は、契約代理店の名称も含む)
電気通信事業者の問合せ連絡先(電話窓口の場合は受付時間も含む)。契約代理店の場合は、契約代理店の問合せ連絡先。ただし、電気通信事業者が責任をもって契約代理店に係る問合せも行うこととする場合は不要。
電気通信サービスの名称及びその種別(ダイヤルアップ接続・ADSLなどのサービスの種類の明示)
その利用者に適用される料金

2009年08月07日

皇朝十二銭が発行中止になってから

皇朝十二銭が発行中止になってから、長い間日本では公鋳貨幣は作られていなかった。皇朝十二銭のあと、貨幣制度に基づいて初めて作られた貨幣は、戦国時代の1567年(永禄10年)ころ武田信玄の命によって作られた甲州金である。しかし、これは武田信玄の勢力下のみで通用した言わば地方貨である。続いて豊臣秀吉が製造を命じた金貨や銀貨も通貨としての性格は薄かった。
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江戸時代になると貨幣制度が統一され、江戸幕府が貨幣発行益を独占して金貨(小判・一分判)・銀貨(丁銀、豆板銀)・銅貨(銭貨)の三貨の鋳造を命じ、全国通用の正貨とした。まず慶長の幣制による金貨・銀貨の鋳造が行われ、続いて1606年に慶長通寳の発行と皇朝十二銭以来600年ぶりの銅銭の公鋳が始められた。2年後には永樂通寳の流通を禁ずる法令が出されたものの(実態は永勘定(1貫文=金1両)による優位性を廃止)、本格的な通貨鋳造及び全国的な流通に至るのは1636年(寛永13年)に発行された寛永通寳以後の事である(貨幣を発行した場所をそれぞれ金座、銀座、銭座と呼んだ)。金貨・銭貨は計数貨幣(額面価値と枚数で価値を決める貨幣)であったが、18世紀半ばまで銀貨は丁銀、豆板銀といった秤量貨幣(目方で価値を決める貨幣)であった。1765年以降、計数貨幣としての銀貨と併用されることとなり、19世紀初頭の文政年間に入ると分、朱を通貨単位とする計数銀貨が秤量銀貨を凌駕するようになった。

2009年07月28日

神話の時代からの日本の結婚式の歴史

神話の時代からの日本の結婚式の歴史を見ればわかる通り、元々日本の結婚式は神道と密接な関係があった。とはいえ、形式としての神前式は明治33年大正天皇の御成婚によって広まった形式であり、それ以前は自宅で行うのが普通であった。現代の日本における結婚式は、「キリスト教式」が60%以上を占めるが、「神前式」や「人前式」も行われており、どちらも16%程度行われている[10]。

ここでは歴史的な流れをふまえて、以下神前式、仏式、キリスト教式、人前式の順に説明する。
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元々日本の結婚式は神道という日本独自の宗教と密接な関わりがあったが、形式としての神前式は1900年(明治33)5月10日に皇室御婚令が発布され、皇太子(後の大正天皇)の御婚儀が初めて宮中賢所大前で行われたことがきっかけであった。それを受けて国民の間に同じような神前での結婚式を挙げたいという気運が高まり、東京の神宮奉賛会(現在の東京大神宮)が皇室の婚儀を参考に民間での神前の結婚式を創設し、翌明治34年3月3日に模擬結婚式を開催し、以降、改良や普及活動を行った。今日「神前式」として行われているものは、この神宮奉賛会が創設したものが元になっている。

具体的な式順としては巫女の先導で新郎新婦、媒酌人、新郎両親、新婦両親、新郎親族、新婦親族の順に入場し、最後に斎主が入場。典儀と呼ばれる司会進行役(巫女が行う場合もある)が式の始まりを宣言、斎主の拝礼に合わせ一堂が起立して神前に礼。祓を行う為、斎主が幣を用いて穢れを祓う。

2009年07月13日

現状認識と政治的目標

日本の現状規定は、次の通りである。「わが国は、高度に発達した資本主義国でありながら、国土や軍事などの重要な部分をアメリカに握られた事実上の従属国となっている」。これを踏まえ、当面の主張として、(1)大企業(独占資本)へのさまざまな民主的規制と、軍縮や無駄な公共事業の中止を財源とした社会保障の充実。(2)対米従属を批判し、日米安全保障条約の廃棄と非同盟・中立の日本を実現する。特に軍事同盟・軍事ブロックからの離脱を目指す。(3)憲法改定を許さず民主主義の徹底を図る、という3点を挙げている。

1960年代までは、対米従属の自衛隊は解消し、対米従属解消後に改憲を視野に入れた自衛のための組織を持つという、いわゆる「中立自衛」政策をとっていたが、1994年の第20回大会で、現行の憲法9条(非軍備・非戦)を将来にわたっての保持を主張することを明示した。その後、現在の同党の自衛隊政策案は、(1)軍事同盟である日米安保条約の解消前はできるかぎり軍縮し、(2)日米安保条約解消後も国民が望めば存続し、(3)国民が国際情勢などから解消しても問題ないと判断すれば自衛隊をなくす、という『段階的解消論』に立っている。
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22回大会では、(1)(2)の段階で万が一急迫不正の主権侵害があれば、自衛隊も活用することを正式に決定している。いわば廃止を目指しつつも国民が望めば自衛隊を存続し、必要があれば「活用」する、というのが同党の現在の政策案である。この政策は同じ護憲政党であっても自衛隊容認から転じて「非武装の日本を目指す」(2006年)との政策に戻った社会民主党とは逆である。ただし他党と比べて「専守防衛」の武力行使自体にもかなり慎重である。「自衛隊『活用』」論についてはこの大会前に、党員からの少なくない批判や削除要求が挙げられた[5]。

2009年06月30日

文化大革命においては

文化大革命においては、まず共産党指導部に煽動された暴力的な大衆運動によって、当初は事業家などの資本家層が、さらに学者、医師、弁護士などの知識人等が弾圧の対象となった。その後、弾圧の対象は中国共産党員にもおよび、多くの人材や文化財などが甚大な被害を受けた。文化大革命が起こる要因ともなった大躍進政策もあわせると、行方不明者を含めた虐殺数は、推計で約3000万人-約7000万人[1][2]といわれ、これらの政策によって中国の経済発展は30年遅れたと言われている。なお現代中国政治を専門とする政治学者の中嶋嶺雄は中華人民共和国が建国後、起こした人民への弾圧・迫害・虐殺 行為など犠牲者総数は2億人前後に及ぶと推計している[3]。

1966年から10年にわたって吹き荒れた中国の政治混乱の背景には、

1949年の中華人民共和国の建国以来、中国の社会主義建設が不調であったこと
建国の指導者毛沢東が政治的に失脚していたこと
中ソ対立など国際的な社会主義運動の対立
など、さまざまな原因が考えられる。
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文化大革命は大きく3段階に分けられる。第1段階は1966年5月の紅衛兵結成から1969年の第9回党大会で林彪が文化大革命を宣言するまで。第2段階は1973年8月の第10回党大会における林彪事件の総括まで。第3段階は毛沢東の死の直後、即ち1976年10月6日の四人組逮捕までである。

期間については、林彪・四人組ら文革派は1969年の文革呼号の成功までが文化大革命であり、その後は文革路線を維持する継続革命段階に入ったとしているが、一般には周恩来を標的として1976年まで続いた批林批孔運動の時期も含める。

2009年06月12日

精神医学との結びつき

それまでの精神医学の治療法は、ある方法を用いたら病気が良くなった、といった経験則に頼ったものであった。そのため、病理学・病因論・治療理論といったものがなく、根治的な治療もできず、医学の他の領域に比べるといささか科学性が欠けているように見られた。そこで第二次大戦後の精神医学者たちは、すでにそれなりの病理学や病因論を整備していた精神分析学に期待をかけ、かねて排斥していたものに接近してきたのである。
感染症
ケーブルテレビ
インフルエンザ
バイオリズム
戯曲
天体
喜劇
真菌学
日本画
宇宙ステーション
地層の作り
神社案内
未知の宇宙
脳と神経
日本の重要文化財
下町東京
広島の歴史
不動産用語
サンタはどこ
牛の生涯

精神分析学の衰退 [編集]
20世紀後半になると、科学哲学、新行動主義心理学、生物学的精神医学、脳科学などから、精神分析の科学性、客観性、治療法としての有効性に疑問が投げかけられるようになる。抗精神病薬としてのクロルプロマジン「再発見」以来、精神疾患への薬物療法が発達し、精神分析療法で改善が見られない患者が治療できるようになると、精神医学領域における影響力は徐々に衰えていく。
精神分析の影響が大きかったアメリカにおいても、1980年のDSM-III(精神疾患の診断と統計の手引き)以降、神経症の概念が解体される方向に向かい、患者の希望した薬物治療を拒否して精神分析に専念した治療者が、患者との裁判で敗訴した(参照:過誤記憶裁判)こともあって、精神分析医の数は減少した。

21世紀ならびに近況 [編集]
近年、精神医学が薬物療法や、生物学的理論に偏りすぎたことへの反動として、また、摂食障害や人格障害などの薬物療法のみでは治療が困難な疾患については、精神分析の影響が限定的な認知行動療法が適用されつつある。そのため、日本国内においては、精神科の臨床でフロイト当時のままの精神分析療法を使う医師はほとんどいない。ただし、精神科医や臨床心理士などが患者理解のために精神分析の概念を援用することはあるし、口語版精神分析とも呼ばれる交流分析が心療内科や看護、介護の領域で活用されているという現実もある。また一般の人々が抑圧やコンプレックスといった精神分析由来の概念を使用(あるいは誤用)して、自分や他人の行動や心の動きを説明することも、日常生活のなかでよく見聞きする。

概略 [編集]
精神分析学は、人間には無意識の過程が存在し、人の行動は無意識によって左右されるという基本的な仮説に基づいている。フロイトは、ヒステリー(現在の解離性障害や身体表現性障害)の治療に当たる中で、人は意識することが苦痛であるような欲望を無意識に抑圧することがあり、それが形を変え神経症の症状などの形で表出されると考えた。そのため、無意識領域に抑圧された葛藤などの内容を自覚し、表面化させて、本人が意識することによって、症状が解消しうるという治療仮説を立てた。

治療過程の諸現象 [編集]
フロイトは治療において、患者と治療者の間でいくつかの特徴的な現象が観察されるとしている。もちろん、患者・治療者ともに個性を持った人間であるから、これら諸現象がじっさいに常に観察されるわけではない。そこが「科学的再現性がないため精神分析を科学ではない」と主張している立場の論拠の一つともされている。

転移 [編集]
フロイトは、面接過程において、患者が過去に自分にとって重要だった人物(多くは両親)に対して持った感情を、目前の治療者に対して向けるようになるという現象を見いだした。これを転移(Transference)または感情転移という。
転移は、患者が持っている心理的問題と深い結びつきがあることが観察されたことから、その転移の出所を解釈することで、治療的に活用できるとされた。転移の解釈は、精神分析治療の根幹とされている。

逆転移 [編集]
フロイトは、治療者の側に未解決な心理的問題があった場合、治療場面において、治療者が患者に対して転移を起こしてしまう場合があることを見いだした。これを逆転移(Counter Transference)という。
フロイトは逆転移は治療の障害になるため排除するべきものであり、治療者は患者の無意識が投映されやすいように、白紙のスクリーンにならなければならないと考えた。しかし、そうした治療者の中立性に関しては、弟子の中にも異議を唱えたものが多かった。
現代の精神分析では、逆転移の定義はさらに広げられ、面接中に治療者が抱く感情の全てを含むものになっている。そして、逆転移の中には患者側の病理によって治療者の中に引き起こされる逆転移もあり、そうした逆転移は治療的に活用できるとする考えが主流を占めるようになっている。

抵抗 [編集]
心理的問題の解決のために治療者のもとを訪れたにも関わらず、患者が治療過程が進むことを無意識的に拒んでしまうことを抵抗(Resistance)もしくは治療抵抗という。
これは、無意識に目を向けることには苦痛が伴うために起こると考えられている。この抵抗をいかに乗り越えるかが、治療過程の重要な局面となる。

退行 [編集]
高度に発達した精神が、以前に経過してきた地点に回帰する現象を退行(Regression)という。
退行の原因にはいろいろあるが、固着(Fixation)と大きな関係があるとされている。固着はリビドーの相当の量がある発達段階に残されて来ている事を意味するので、固着が強い人ほど内的や外的圧力に容易に屈し、その時点に退行しやすくなり、それだけ自我が脆弱だと言える。健康な人間でも睡眠時、食事、排便時、入浴時などリラックスできる時には軽い退行が起きる。
健康な退行と病的な退行は、その固着点から正常な精神状態に立ち返る事が出来るかどうかで決まる。また、面接過程において自然と精神は未熟な精神の発達段階に退行する事がわかっており、これを治療的退行と呼び、精神分析の治療に欠かせない要素となっている。治療的退行時には患者が平生感じることのない感情や衝動に駆られる事が多い。また動物にも退行が生じることが知られている。